コラムやま

  第3回 便利さと安全は両立できるものなのか? 2005-03-18 15:31:03  
  作成者 : 管理者     
インタビューワのかわです。

前号での予告のとおり、今号では、ネットワークの安全といったことをテーマに、ひとつの例として医療の分野をとりあげ、再びやまさんにインタビューしました。
国民の医療費は今や31兆円を越えています。(平成14年度の厚生労働省統計資料*)
*   http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/03/s0304-6d.html

一人あたりの医療費は年24万円、国民所得に対する割合は8.5%になります。
これが10年前の平成4年度では、それぞれ23兆円、19万円、6.4%程度でしたから、著しい増え方といえましょう。 特に、医療費総額のうち65歳以上が約50%を占め、75歳以上に限っても約28%と、高齢者による医療費の高騰がめだちます。 この傾向は、高齢化が進むにつれ、今後も続くと見られます。 平成12年度からは、それまで医療費としてカウントされていた老人介護の一部の費用が統計から除かれるようになりましたから、これらを含めた計算にすれば、さらに大きな増加になっているでしょう。 また、国民医療費に含まれていない差額料金、人間ドッグなどの費用も統計に含まれていませんし、昨今の健康ブームに伴ういろんな消費まで含めるなら、さらに大きな金額になると考えられます。 国民皆医療保険制度は、わが国を支える根幹の重要な一部であり、これを維持していくことはとても重要なことですが、このような状況は、それが難しくなってきていることを物語っています。 医療費を大切に、効率的に使っていくことは、われわれの社会を維持する上で、とても大事なことといえるでしょう。 このためには、あらゆる分野で、不断の工夫が必要と思いますが、対策の一つの柱に情報通信技術(IT)の活用を据えることは、その可能性からして、実に重要なことだと思われます。 医療分野での電子化、および情報化に関して、やまさんは、この2月に、「保健・医療・福祉情報セキュアネットワーク基盤普及促進コンソーシアム」を立ち上げられたばかりです。 医療情報の通信ネットワークに、インターネットの最新技術を使用し、安全で便利な仕組みを医療の世界に取り入れるための研究と開発を目指しています。また、2月14日にNICSSは第1回セミナーを開催し、まさにその技術の紹介を行ったところです。 扱う技術そのものは医療にとどまらず、他の分野にも適用できるものですが、ここでは医療分野での利用に限って、医療情報ネットワークの安全性や利便性がどのように確保できるのか、また、健全な医療保険制度を守っていくという社会の要請にどのように応えられるのかなどをお聞きしたいと思います。

便利さと安全は両立できるものなのか? 

かわ:私たちがお医者さんにかかるときは、保険証を窓口に提示したうえで、診療費を支払いますが、窓口で支払うのは自己負担分で、保険が負担する金額は後で支払われます。 しかし、この後で支払われる分を、保険組合などがどんな手続きによって処理しているか、知っている人は少ないと思われます。 また、この保険料を集める仕組みも良く分からない状況です。
やま:わが国には、大きく分けて3種類の医療保険が存在します。 国民健康保険、政府管掌健康保険、およびその他組合健康保険の3種です。 運営する主体を保険者と呼んでいますが、国民健康保険は地方自治体、政府管掌健康保険は国、そしてその他組合健康保険は、職域健康保険組合などがその保険者に当たります。 保険者は被保険者(私たちのことです)から保険料を徴収しますが、この部分はさておいて、今回は医療費の医療機関への支払いを中心にお話しましょう。

かわ:そうですね。健康保険料の徴収についても、未納が大きな問題になっているようですが、ひとまず、この問題は別の機会に伺うことにして、今回は私たちがお医者にかかって、この医療費がお医者さんに支払われるところまでについて、お聞かせください。

やま:簡単に言うと、実際にかかった医療費のうち、医療機関の窓口では3割を支払います。これが自己負担分で、残りの7割は保険者が集めた保険料から後払いの形で支払います。 医療機関からすればこの7割に相当する分を回収しなければなりませんので、請求書を保険者に送るわけですが、実際問題、保険者が多数にのぼるので、各医療機関はひとまず診療報酬明細書(以下、レセプト)を社会保険診療報酬支払基金(以下、支払基金)宛てに送ります。 ただし国民健康保険の場合は支払基金ではなく国保連合会がこの役目を担っています。 これらの機関は大きく分けて3つの役目を担っています。 レセプトの仕分け業務、レセプトのチェック業務、および支払い業務がそれに当たります。 ここでレセプトのチェックを通過すると、それぞれのレセプトは保険者のもとに送り届けられ、今度は保険者がレセプトの確認を行います。 このようにして、最終的に確認できなかったレセプトは医療機関に戻され、確認できたレセプトに対しては、請求費が医療機関に支払われます。 

かわ:ここまでのご説明を伺いますと、これらの一連の、医療保険の医療機関への支払いに関しては、ITの技術がもっと、使えるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
やま:そうです。私もそう思います。 でもそのためにはいくつかの問題を解決する必要があります。 まず一番目は、レセプトがオール電子化されていないこと、といいますか、電子化の形式が標準化されていないことが問題です。 それが解決されれば、二番目に現在の紙ベースのレセプトを電子化されたレセプトに置き換えなければなりませんね。 もともとのレセプトを作成する段階で間違いを減らすことができれば、支払基金や保険者が受け持っている後工程が楽になるわけですから。 つまり、最初に各医療機関で、保険証の資格確認などを十分に行なったうえでレセプトを作成すれば後がずっと楽になるのです。 じゃあ、どうしてそうしないのか? その理由は、医療機関から保険者のコンピュータに入っているデータベースに直接つなぐことができるようにはなっていないからなのです。 でも、レセプトの電子化は実際には行われています。 毎日、とほうもなく大量に発生するレセプトを処理するのにコンピュータの力が絶対に欠かせませんから、支払い基金でも、国保連合会でも、届けられる紙のレセプトをいったん、電子データに変換したうえでコンピュータに仕事をさせています。 三番目には、電子化されたレセプトをそのままの形で、支払い基金でも、国保連合会でも、あるいは保険者も、リレー式に受け渡しして使用することですね。 実際問題、現実にはレセプトが電子化されても、次の機関にはそれが引き継がれていません。 したがって、別々に繰り返し紙のレセプトを電子化する、という無駄な作業が行われています。 ITの恩恵を最大限享受できるためには、最初のレセプトの生成時から、最終的に医療費が医療機関に支払われるまで、あるいはその後の保存期間も含めて、同じ電子化レセプトが使用されるようになるのがいいわけです。 このような形を見越した電子化、およびネットワーク化が必要ということです。

かわ:そのような仕組みを作るのは、今のIT技術からするとそんなに難しいことではないと思いますが、では、電子化するとしたら、何に留意して進めなければならないでしょうか? 
やま:先ほどの4つのプレーヤ間を電子的に結ぶ必要が出てくると思います。 被保険者については、一部組合で一人一枚の保険証のカード化が始まっていますが、このカードにより、各医療機関で資格確認や適切な診療を選択してもらうのに必要な情報の提示などのための電子化の基礎ができたといえるでしょうね。 健康保険証は身分証明にも使われる大事なものですから、偽造・変造、および不正使用を防止しなければなりません。 その意味からICカードを使うのが一番いいですね。 ここで留意していただきたいのは、この点において、ICカードとその他のカードでは、まったくその効力が違うということですが、いまは深く立ち入るのを控えましょう。 そして、そのうえで医療機関と保険者や支払基金との間をネットワーク化するのです。 では、現行の紙のレセプトを電子化し、ネットワークに乗せれば解決するかというとそれだけでは十分ではありません。
ICカードだけではカバーしきれないセキュリティの問題やコストの問題を解決しなければなりません。

かわ:既にeJapan戦略の中心にレセプトのオンライン化がうたわれており、できると見通しがついているのではないですか?
やま:セキュリティやコストの問題に真正面から答えを出している状況には、まだ無いと思います。 医療に関する情報は、極めて重要な個人情報です。 また、全国の医療機関数は20万以上にものぼり、これらと保険者、支払基金の間をネットワークでもれなくつながないと意味がありません。 とはいっても、セキュリティを確保した専用ネットワークをこのために構築するとなると国民はさらに大きな負担を背負うことになりかねません。 

かわ:そのようなセキュリティを備えた回線としてはインターネットを使ったVPN(仮想専用線)という技術が使われていますね。
やま:ところが、インターネットVPNというのは、使えるようにするまでにかなり面倒な設定作業が必要です。 なかなか医療機関に普及してゆくのは難しいでしょうね。 

かわ:つまり、設定が簡単で便利であるということとセキュリティの確保を両立させることが難しいということですね。 逆に、設定が簡単で、かつセキュリティを確保したインターネットVPNがあれば、普及する可能性が大きいと思いますが、いかがですか?
やま:もうひとつ、通信料金の問題もありますが、基本的にはそのとおりです。 中でも一番、大切なことはセキュリティの確保でしょう。 全国医療機関のレセプトコンピュータと支払基金、および保険者のコンピュータとを結ぶことになりますが、成りすましたものが入り込まないように、コンピュータ同士が相互に相手を確認できることが重要です。 また、コンピュータだけでなく、VPN等を構成するネットワーク機器についても正しさが確認されなければなりません。 

かわ:認証により、正しい機器であることが確認できるようにするためには、あらかじめ、機器に特有の鍵が格納されていることが必要ですか?

やま:そうです。 そのために、機器が出荷される前に機器登録ということがなされる必要があります。 私はここにICカードの登録のやり方と同じ手法が使えると考えています。 つまり、ICカードの場合はプラステック板にICチップを埋め込み、保有者と対応させるために、ICカード発行時にその人を登録します。 交通に使用する場合など、ICカードをチケットとして使用する場合には、匿名でもかまいませんが、クレジットカードやキャッシュカードなどは、人の登録が必要です。 また、その人とICチップを結びつけるために、暗証番号の設定等も必要です。 機器を登録する場合も同じです。 機器の出荷時に、機器固有の情報をICチップに登録する必要があります。 必要によっては、所有者や利用者の情報も登録します。 ICチップには、固有なIDや秘密鍵を格納します。 ICカードの場合には人と結びつけるのに、暗証番号を設定するといいましたが、機器の場合には、ICチップが機器に物理的に分離できないように装着されていることが必要です。

かわ:いまおっしゃたような、機器に装着するICチップのことをセキュアICチップと呼んでいるのですね。 確認の意味でお尋ねしますが、機器を登録認証する機関が必要になるということでしょうか? 機器が譲渡されたり、改造されたりした時に、登録認証機関に再登録などが発生して、便利さの観点からは、かえって不便になるのではないですか?
やま:機器登録は大抵、機器の販売業者が行うことになるでしょう。 医療機器や医療の情報ネットワーク機器については、機器を特定しないと安全性と、さらにはお医者さんの安心感が得られないと思います。 機器登録さえ済んでいれば、この後の接続相手の設定は比較的簡単です。 一旦、固有のIDや鍵が搭載されて利用者のもとに機器が設置されれば、機器内のセキュアICチップ認証接続サービスセンタとの間で自動的に接続処理をします。切断も同様にセンタが介在して自動処理を行うことができます。 いままでインターネットVPNをやろうと思えば、お互いに共有する情報を何らかの別の手段で交換しておき、時計を合わせてヨーイドン式に設定作業をする必要がありました、このあたりの労力が少なくて済むようになり、設定の間違いなどもはるかに少なくできます。

かわ:セキュリティが必要な特別な機器が対象ということですね。 コストは大丈夫でしょうか?
やま:通信費については専用線や既存のVPNでやるよりははるかに安くできます。 インターネットで使う量販機器は安いのがあたりまえになっていますから、始めから量販機器にセキュアICチップを組み込み、一括機器登録しておけば、さほどコストアップにならなくて済むと思います。 後は、認証接続サービスのためのコスト負担をどの程度に抑えられるか、ですね。

かわ:認証接続サービスへの要求は、接続しようとする時に発生するので、機器によっては、頻繁におこるものと、滅多におこらないものとがあり、バラつきが大きいでしょうね。 
やま:ですから、利用料を定額制にするか従量制にするか難しいですね。 いずれにしても、認証接続サービス提供者にはある程度の収益が見込めなければなりませんから、今まで述べてきたサービス以外にも収入源を見つけることが必要になるでしょう。 これは、今後の課題です。

かわ:ありがとうございます。 

少し難しかったかもしれませんね。 私たちも、わかりやすくこのセキュアICチップの技術とこれを医療の情報ネットワークに適用した具体的なイメージをお伝えしなければならないと思います。 ところで、今までの3回のコラムに共通して言えることは、サイバー社会で人と人、人と機器、機器と機器の間でコミュニケーションする際に、相手の正確な確認ができないために、いろんな社会問題がおきている、ということでした。 その結果、インターネットは危ない、といったイメージができつつあります。 これは困ったことです。 インターネットでは受信者を特定する仕組みは簡単にできるのに、情報の発信者は良く分からないなどのことが少なくありません。 人にはICカード、さらに機器にはセキュアICチップといったように、互いに素性を確認できるツールを利用することによって、より安全・安心なネットワーク社会を構築できると思います。 なお、セキュアICチップについては、分かりやすい講座を開設する準備を進めています。

次号について

時代がアナログからデジタルに変わりつつあるといってもアナログには捨てがたいものがあります。 このように大きな変革時にあたって、人生をどのように楽しく生きるかは、われわれ一人ひとりにとって大きな課題と思いますので、このことをテーマに、人生の熟達者にインタビューしたいと思います。 

ご期待ください。

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